“常に神様により頼むこと””すべての事への感謝”の重要性について

■常に神様により頼むこと
神様から肉的な祝福を必死に願い求めて、いざ実際に祝福を頂くとどうなるのか?
これまでの私は、大きな肉的な祝福を頂いても、その時は感謝するも、
どこか自分の実力が伸びたおかげだと高ぶっていたのだと気づきました。
そして、自分の実力が高まってくると自分の力で何でもできると錯覚してしまい、
神様に必死により頼むという姿勢が欠けてしまっていたのだと気が付きました。

そもそも、神様が私の実力・能力を伸ばして伝道を大いにできるように導いて
下さっているのにおごり高ぶるとは何たる勘違いかと、深く反省しております。

こういった状況を見かねた神様は、私の実力・能力が高まっても、全然マネタイズ
できない状況に私を追いやられました。

この状況になり、そして御言葉での学びも相まって、はじめて自分がこれほどまでに
おごり高ぶっていたことに気づくことができました。

このことに気づかせて下さったこと、常に私たちを見守って助けてくださっている
ことを常に感謝して、神様の偉大さをどこまでも褒めたたえられますよう心より
お祈りいたします。

経済的・時間的な余裕が全くない中で、必死に神様に祈り求めました。
神様はそういったものを求めてもよいという御言葉をタイムリーに私に聞かせて頂き
それをお祈りするとなんとその明け方の当日に、私にその祝福を与えてくださったのです。しかも全然受注につながるなんて思えなかった相手からです。
本当に神様からの奇跡としか思えないほどでした。
しかも何度もそういった奇跡を起こしてくださいました。

本当に心より感謝致します。
私たちはまな板の上の鯛に過ぎません。神様の意向1つでどうにでもなる存在です。
そして、数百万年等生きてきたサタンに比べれば信仰生活が2年半くらいの存在の
霊魂など赤子のように弱いのです。神様に常により頼まなければ何もできないし
簡単に滅ぼされてしまうのです。

そのことをもっと深く分かって、常に神様により頼む姿勢が欠けることなく
日々を全うできますよう心よりお祈りいたします。

■いつもで感謝すること
また、神様は条件代価の神様であられますが、それでも神様の為に信仰の4本の柱を
しっかり立てようともがく者には、たとえ立てられなくても、手を差し伸べてくださることも
あることにも深く感謝しております。

明け方の祈りが十分に守れなかったとき、とても苦しい1日を過ごさざるを得なくなるのですが
そんな日でも恵みを与えて下さる場合もあるのです。

完璧から程遠くても完璧を目指そうとする姿に神様は手を貸して下さるのです。

神様がどこまでも憐れみ深く人類を愛してくださっているかを思い知らせて下さり心より感謝いたします。

自分が調子が良いときもよくないときも、神様は私たちを見守ってくださっている。

だからこそ、こうして信仰生活を守ることができているという事実を噛みしめなければなりません。

どれだけ苦しいときでも神様は私たちを愛してくださっているのです。

このことをわかってすべてのことを神様へ感謝できるかどうかで真に信仰があるかが試されると思っています。

本当に心より神様の偉大な御働きに感謝いたします。

どうか世界中の人々が救われますように。

そのためにも十二弟子が早く立てられ、工作員があぶりだされ、

女の基準者も立てられて暗黒の歴史に終止符が打たれますよう心よりお祈りいたします。

アーメン。

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