【神様の心情】を深く理解できる者になろうと “もがく重要性” を悟った証

202508.06

ここ最近は明け方の祈りを守れているものの、どうも深く祈りが入らず、神霊に
なりきれない状態が続いていました。「これはまずい。どうしたものか…」
「とにかく日中に神霊になれる時間を増やせばいいのか..」と思い、御言葉をたくさん聞いたり、
賛美をたくさんしたりしてみても、どうも思うように神霊にはなれなかったのです。

そんな中、とにかく御言葉を聞き進めていると、

【神様の心情】と一体になれるかどうか。それが、神様を愛するために “非常に重要” だと認識できるようになってきました。

その時に、

「自分はそのために全力になれているのか…?」

そう自問自答してみると、

答えはNOでした。

だからこそ、御言葉に倣い、神様視点で自分を見つめてみると、いかに自分が自分のことばかり考えていたのかということに

気づかされたのです。

と同時に、神様がどこまでも忍耐強く、人類の救いの為に、命懸けで頑張ってくださって

いることにも気がづきました。

自分も部活でスポーツを命がけで頑張ってきた経験があるので、そんなときに少しでもぬるいメンバーが

いるとすぐに熱量の違いはわかるものですし、同時に残念な気持ちになるというものです。

神様は、私に対してまさに「その時私が感じていた残念な気持ちを今感じられているに違いない。」そう思ったのです。

すると私の胸は苦しくなってきました。

それは自分の中にある”ぬるい姿勢”として思い当たる節があったからです。

最近はやたら、毎食食べ過ぎてしまい、お腹がみるみる出てくるようになってきていたことがそれです。

肉界は霊界の反映。であるならば、今の自分の醜い姿は私のたるみきった霊魂の反映…。

そんな思いが頭をかけ巡ってきたのです。

そして自分は、ここ最近、やはり肉性が強く、何かを我慢するというのがなかなかできない状態になっていることにも気がつきました。

「これはまずいぞ。きっと、この肉性が強い状態こそが良くない結果の原因だ。もっと神霊になれるよう肉性をそぎ落とすことに全力にならなければ!」

その思いともに、ひらめいたのが、

食事を抑制するということ。

これまで1日3食、常にお腹いっぱい食べていて空腹の時間がまったくないという生活を送っていたのを

見直し、1日1食にして、空腹を忍耐して過ごし始めてみました。

すると…

案の定、肉性が落ち、次の明け方には、久しぶりに神霊になることができました。そして、聖霊に満たされて、深く祈れるようになってきたのです。

「なるほど!自分は忍耐強くいられなかったという罪を犯していたのか」と気が付きました。

空腹時は確かに苦しいのですが、神様も苦しみを忍耐しながら人類の救いの為に

全力で活動してくださっていることを思えば、この苦しみはむしろ、神様の心情を

少しでも理解することにつながるのではとすら思えてきたのです。

そして久しぶりに、少しずつ運動も始めました。

ここ数カ月はほとんど身体を動かしていなかったので、すっかりなまりきって、精神も同時に弛緩してたことにも気が付きました。

しかし、少しの時間でも全力で走りこみや筋トレをする時間を作ることで、苦しみに打ち勝つ精神力

が鍛えられ、これまた誘惑に打ち勝ちやすい自分になれている気がしてきたのです。

御言葉の中で、神と愛し合うというのはただ人間の恋人みたいに抱き合っていることだけではない、

むしろ相手のために全力で仕事をすることが重要だと教えてくださっています。

「神様の目線で神様自身が喜ばれることは何だろうか?」

それを真剣に考え始めることで、自分に降りかかっている問題が小さく見えてくるのです。

そして、神様のためにこれをやったほうがいいという考えが沸いてくるのです。

これらの体験を通じて【神様の心情】を深く理解できるよう、もっともっと全力でもがいていこうと心新たにする決意に燃えています!

どうか、罪の誘惑に撃ち負けておぞましいサタンに決して力を与えることのないよう、忍耐強く罪を避け、清い心となり、御心を成せる者となれますよう心からお祈りいたします!

どうか12弟子がしっかりとそして早く立てられ、そのために、工作員があぶりだされますように。そして、女の基準者が立てられて、この6,000年間の暗黒の時代に終止符が打たれますよう心からお祈りいたします。

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