明け方を守れることへの感謝
ここ2年間9割以上明け方をろくに守れない日々を送っていました。
そんな状態ではとくかく苦しくて仕方ありません。
今朝は久しぶりに明け方をまともに守ることができました。
普段があまり神霊になれていない以上、深い祈りはできませんでしたが、
まずは久しぶりに明け方を1時から守れたという事実が何より嬉しいことなのです。
それを実現させて下さった神様に心より感謝いたします。
昨日はそろそろ証を書かないとまずいなと思いつつ、ようやく証を書くことができました。
もともと4日ほど前から今日は証を書くぞと思いながらも、眠気に襲われて書けない日々が過ぎてしまっていました。
さらに明け方をろくに守れない日々にもなっていたので、義の条件をしっかりと立てられていない状況だったのです。
そんな中、子供と公園に出かけ、ちょうどPCを広げられるベンチを見つけたので、子供を遊ぶのはほどほどにして
証を書くことに集中していました。1時間以上はかかったでしょうか。
子供からの妨害が何度も発生して中断を繰り返した末です。
この日は全然神霊さがなく、霊的にしんどい状態でした。
しかし、この気づきはどんな御言葉とリンクするかと、御言葉を検索して掲載する作業をするたびに、霊的に満たされる感覚が少しずつ沸いてきたのです。
そして、証をホームページ、Instagramに投稿した途端、急に空の雲から明るい日差しが差し込み、とても神秘的な光景を見せて下さったように感じました。
そして霊的にもとても心地よくなり、神様への感謝が溢れたのです。
さきほどまでは全くと言っていいほど神様と疎通できる感覚はありませんでしたが、投稿してからは神様と少しですが疎通できる感覚が戻ってきたのです。
やはり信仰の4本の柱を立てることがどれほど重要かと改めて思い知らされたのです。
今日聞いていた御言葉で、ここは今の自分特に足りていなかった部分だと感じたものがあるので紹介します。
私はともすると、肉的なことをないがしろにする傾向にあったため、目の前のことをいい加減にしてしまう悪しきクセがついていることに気がつくことがなかなかできていませんでした。
神様は、なんでも完璧にこなすことが天国に入るための必須条件だと教えて下さっています。
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RAPT有料記事824(2024年3月30日)天国では「完璧か否か」という基準しか存在せず、完璧でないものは一切通用しない。だから、適当に手を抜いて仕事をした人は全て罪人と見なされ、天国から追放される。
https://rapt-neo.com/?p=59526
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手を抜くことが罪であると教えて下さった神様に感謝いたします。
この肉体を持って生きる以上、この地上での肉的な働きでさえも完璧に取り組めるよう心を改めます。
昨日は、正直仕事面でやることがたんまりありましたが、思い切って敢えて霊的な時間投資を久しぶりに優先してみたのです。
すると、聖霊が自然と良いひらめきを与えて下さったり、頭の回転が速くなり、溜まっていた仕事の一部がすんなりと進み、そうだこの感覚だ!と思い出すことができました。
どれだけ忙しかったとしてもそれはさた
